大判例

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最高裁判所大法廷 昭和23年(れ)1862号 判決

主文

本件上告を棄却する。

理由

辯護人草野豹一郎の上告趣意第一點及び第二點について。

論旨に從えば、本件被告人を覺書該當者として假指定したことは実質的には要素に錯誤があるから無効であり(第二點)、形式的には假指定が本人に對する通知を以て行われなかったから無効である(第一點)。即ち被告人は覺書該當者としての指定を受けなかったことに歸着するにも拘らず、原判決が同人を覺書該當者と認めたことは違法である、というのである。しかし一九四八年二月四日連合国総司令部から最高裁判所長官宛になされた指摘によって、『好ましからざる人物を公職より排除することは、一九四六年一月四日附最高司令官の指令により要求せられているということ、その指令を履行する爲の機構並びに手續は最高司令官の承認を得て作られたということ、総理大臣はその指令に從い取るべき一切の行爲につき最高司令官に對して直接責任を負擔しているということ、最高司令官は之れに關する事項を一般的に政府の措置に任せてはいるが、それに關する手續の如何なる段階においてもこれに介入する固有の權限を保留しているということ、及びその結果として日本の裁判所は前述の指令の履行に關する除去又は排除の手續に對しては裁判權を有しないということ』が明かである。さすれば本件被告人を覺書該當者として假指定したことが、中央公職適否審査委員會又は内閣総理大臣の錯誤にもとずいてなされたか否か、從ってそれが無効であるか否かを審判することの權限は、日本の裁判所に屬しないこと明かであらう。そのことは又假指定の通知に關しても同様であって、この問題につき正當の權限を有する内閣総理大臣が、昭和二二年閣令内務省令第一號第五條第一項の解釋として、本件被告人を假指定したときのように多數の該當者の住所を一々確かめて通知を発する遑のなかった場合は、住所を知ることができない場合にあたり、從って官報に掲載してこれを行うことができるものと認めて、そうしたのである以上、日本の裁判所がこれを審判して無効とすることはできない。要するに本件被告人を覺書該當者として假指定したことに關して、所論のような、二様の瑕疵の有る無しに拘わらず、日本の裁判所としては、假指定が既成の法的事実として有効に存在することを認めざるを得ないのである。右のような辯護人の主張を排斥するために原判決は別の理由を以て説明しているが、假指定を有効と認めた結論に於ては正當であるから、これを破毀するに及ばない。論旨は採用することができない。

同第三點について。

昭和二二年勅令第一号(以下追放令という)第一五條には「政治上の活動」という言葉を用いている。これと類似の言葉は、他の法令においても用いられている。すなわち、裁判所法第五二條は裁判官は在任中「積極的に政治運動をすること」ができない旨を定め、教育基本法第八條は、「法律に定める学校は、特定の政党を支持しまたはこれに反対する政治教育その他政治的活動をしてはならない」と定め、労働組合法第二條第四號は、「主として政治運動又は社會運動を目的とするもの」という字句を用い国家公務員法第一〇二案は「職員は政党又は政治的目的のために、寄附金その他の利益を求め、若しくは受領し、又は何らの方法を以てするを問わず、これらの行爲に関與してはならない」と定め、政治資金規正法第一條は、「この法律は、政党、協会その他の團体及び公職の候補者等の政治活動の公明を図り、選挙の公正を確保し、以て民主政治の健全な発達に寄與することを目的とする。」と定めているのである。これらの用語は相類似し互に關連を有するのであるが、その意義は必ずしも言語学的に文字からのみ探求せらるべきものではなく、各法令の立法の趣旨と目的を深く考察することによって明らかにせらるべきものである。そこで、本件で問題となっている追放令は、ポツダム宣言第六項を実行するために、連合国最高司令官の覺書に基いて測定されたものである。そして、ポツダム宣言第六項には、「日本国民を欺瞞し世界征服の擧に出ずるの過誤を犯さしめたる者の權力及び勢力は、永久に除去せられざるべからず」とうたっている。追放令は覺書に基き「日本国民を欺瞞し世界征服の擧に出ずるの過誤を犯さしめたる者」を具體的に覺書該當者として指定する手續を定め、その「權力及び勢力」を除去するためその指定の効果として覺書該當者は、(一)公職を退き又はこれを失い、(三條一項、二項)、(二)あらたにすべての公職に就くことができず、(三條三項)、(三)公私の恩給年金その他の手當又は利益を受ける權利又は資格を失い(五條)、(四)公選による公職の候補者たることを辭したものとみなされ(六條二項)、(五)あらたにすべての公選による公職の候補者となることができず(六條一項)、(六)「公職にある者に対し、その職務の執行又は政治上の活動に関し、指示若しくは勧奨をしその他公職に在る者と意思を通じ、又はこれに利益を供與し、公職に在る者をして覚書該当者に代ってその支配の継続を実現するような行爲をさせてはならない」し(一二條)(七)「その退職当時の勤務先たる官公署若しくは会社その他の團体の執務の場所又はこれと同一の建物内に在る場所で当該官公署若しくは團体の管理に属する場所に出入し、又は自己の住居若しくは事務所を設けてはならない」し(一三條)、(八)「公職以外の新聞社、雜誌社その他の出版社、放送機関、映画製作会社、演劇興業会社その他すべての報道機関の役職員の職を遅滞なく退かなければならない」し(一四條)、(九)「内閣総理大臣の定める特定の会社又は金融機関の承継團体たる会社又は金融機関の公職以外の役職員の職を遅滞なく退かなければならない」し(一四條の二)、(一〇)「公選による公職の候補者の推薦届出(候補者の届出又は推薦届出に関する連署を含む)又は選挙運動その他の政治上の活動をしてはならない」(一五條)ことを定めている。これらが追放によって覺書該當者に生ずる法律的効果であり、本件はその最後の「政治上の活動」の意義如何に關連を有する案件である。

さて、ここにいう「政治上の活動」は、「候補者の推薦届出又は選挙運動」を例示としているのであって、推薦届出又は選擧運動は明らかに候補者に對し政治上の影響力を及ぼす政治上の活動であるから「その他の政治上の活動もまたこれに準じこれに類似する政治活動に限らるべきであるとの見解を有する者がある。

しかしながら第一一條第一項、第一二條、第一五條第二項及び第三項に用いてある同様な「政治上の活動」という字句との對比から言っても、第一五條が追加されるに至った立法の經過と經緯から言っても(連合国最高司令部からの要求に基き政府は覺書該當者の選擧運動等を禁止する草案を作成して提出したところ、選擧運動に關連ある政治活動のみでは狹いから、すべて政治活動を禁止するようにとの要求があってこの追加規定は設けられたものである)。前記見解はあまりに狹くしてその採るべからざることは明白である。次に、政治上の活動たるには政治目的ないし政治意圖すなわち政治に影響を與える目的ないし意圖を要するという見解がある。しかしながら、ここでは覺書該當者の政治上の活動を禁止しこれを犯せば、處罰をするのであって、いわゆる目的犯のように特に政治目的ないし政治意圖は要件として要求されていないものと解すべきである。そこで、前述したすべての事情を斟酌して考察すれば、ここにいう「政治上の活動」とは、原則として政府、地方公共團體、政黨その他の政治團體又は公職に在る者の政治上の主義、綱領、施策又は活動の企劃、決定に参與し、これを推進し支持し若しくはこれに反對し、あるいは公職の候補者を推薦し支持し若しくはこれに反對し、あるいは日本国と諸外国との關係に關し論議すること等によって、現実の政治に影響を與えると認められるような行動をすることを言うものと解するを相當とする。そして、その中公職に在る者に對する關係は、第一二條に定める部分は同條により、その他の部分はここにいう政治上の活動として第一五條第一項により、禁止されているものと解すべきである。

さらに、考えなければならないことは、人の言動はその内容ばかりでなくそれが行われる環境と事情をつぶさに斟酌しなければならぬということである。同一内容の事柄でも、たまたま訪ねて來た舊友と茶飮話に物語るのと演説會等の公會の席で辯ずるのとは異り、また同じ演説會でも学術講演會の席で述べるのと政治團體の演説等で辯じ立てるのとは異る。次に、同一内容の事柄でも近況の報告として親戚の者に書き送るのと雜誌等に公表するのとは異り、また同じ雜誌でも同人雜誌に寄せるのと政治團體の機關雜誌に発表するのとは異る。行動のかかる異る環境と事情とは、當該行動の法律的價値判斷をする上において、すなわち本件のごとき場合では政治上の活動と認められるか否かを判定する上において、内容と共に重要な因子として考察することを要する。さらにまた、覺書該當者は、現在においては「政治上の活動」を禁止されているが、經濟上の活動及び社會上の活動を禁止されているわけではない。經濟上又は社會上の活動は、往々にして政治上の活動と結びつき重なり合ってその間厳格に區別を立て難い場合があることは勿論であるが、純然たる經濟上又は社會上の活動及び環境と事情に照らし經濟上又は社會上の活動と認められる行動は禁止の對象となっていないものと言うべきである。

右のような見解の下に被告人の所爲を考察してみると、原判示第一の(一)並に擧示の證據によって明かなように、判示政策會議は、立憲養正會としては重要な會であって、被告人の自宅に開かれ、多數の幹部が出席した。來會者は皆被告人の門下生であったからその師の意見を用いようとする向きがあった。その上曽ての総裁たる聲望を有する被告人が、かかる會議に臨席して、終戦後の新事態に對應すべき同黨の政策として附議せられた政治の粛正、經濟對策、国民生活の安定等に關する諸議案につき批判又は自己の意見を開陳したのである。被告人のかような言動は、

政黨の政治上の主義綱領、施策又は活動の企畫、決定に参與し、これを推進若しくは支持すること等によって現実の政治に影響を與えると認められるような行動であるから、「政治上の活動」に該當するものであること、疑を容れない。

原判示第一の(二)によれば、被告人は政治評論雜誌「養正時評」に、政治上の主張又は批判を内容とする多くの論稿を掲載した。そうしてそれ等の雜誌は、立憲養正會員を主とする約三千の讀者に配付せられたのである。被告人のかような所爲も亦、政黨の政治上の主義、綱領、施策又は活動を推進若しくは支持すること等によって現実の政治に影響を與えると認められるような行動である。このように現実の政治に影響を與えると認められるような行動は、辯論その他の手段によってなされる場合と、本件のように印刷された文章を通じてされる場合とを問わず、均しく政治上の活動たる性質をもつものと解すべきである。右の通りであるから、原判決が被告人の所爲を「政治上の活動」にあたるものとして、これに昭和二二年勅令第一號第一五條第一項第一六條第一項第七號を適用したことは相當であって、所論のような違法はない。

被告人田中沢二の上告趣意について。

論旨第一一點は、裁判官が何物をも怖るべきでないことを説いている。裁判官たるものが自己の良心と法律とに從う外は、何者にも屈從せず、常に毅然たる態度を持すべきことは、まことに所論の通りである。然し連合国側の正當な要求に從うべきことはポツダム宣言の受諾にもとづく當然の法的要請である。論旨は原判決の法令違背を主張するものではないから、適法な上告理由とは認めがたい。(その他の判決理由は省略する。)

以上の理由により舊刑事訴訟法第四四六條に從い主文の通り判決する。

この判決は裁判官真野毅の補足意見を除き裁判官全員一致の意見によるものである。

裁判官真野毅は辯護人草野豹一郎上告趣意第一點及び第二點について左のとおり補足意見を述べる。

連合軍の占領下にあるわが国における現在の法律状態は、甚だ複雑なものがある。一般国民は勿論法曹の間においてすら、その認識はまだまだ十分でなくただ極めて漠然たる形において理解されているに過ぎないと思われる。殊に本件で問題となっている追放制度に關する法律状態については、昨年疾風のごとくまき起った平野(力三)事件をめぐって、司法權の在り方とも關連して、一部国民及び法曹の間に、一種の不滿感とまではいかなくとも割切れない感情を後味にして殘したことはおおうべくもない事実である。されは、本件論旨に關しこの間の法律状態について所見を述べ国民及び法曹の理解を深める一端に資することは、わたくしらに課せられた義務であると信ずる。

ポツダム宣言は、昭和二〇年七月二六日米、英、支三連合国政府の首班がポツダムにおいて発し、後にソ連が参加した一三項目から成る宣言である。これに對し同年八月一四日ポツダム宣言條項受諾に關する大詔が発せられ、その旨スイス国經由米、英、ソ、支四国政府宛日本政府通告が発信せられ、よってもってポツダム宣言受諾の意思が国際的に表示された。ついで、同年九月二日東京灣碇泊の米国軍艦ミズリー號上において降伏文書の調印が行われ、官報告示欄にて公布せられ、同時に詔書が発布せられ、指令第一號に基く一般命令第一號が政府及び大本營の布告として官報に公布せられた。かくして、日本は、今までに類例のない連合国管理のもとにおかれたのである。

日本は、ポツダム宣言を受諾し、これによって連合国にいわゆる無條件降伏をしたが、その受諾は正式には降伏文書の調印によって行われ、該文書の中にポツダム宣言の條項の誠実な履行が取り入れられている。そこで、當時の往復文書をも考慮に入れつつ、降伏文書によって現在の日本の法律的地位を説明すれば、天皇と日本政府は降伏條項を実施するため適當と認める措置をとる連合国最高司令官の權力の下におかれている。そして、降伏條項は非常に廣範なものであるから、管理もまた政治、經濟、社會、文化その他の甚だ廣い範圍にわたっている。

さて、この管理の基本的方式は、ドイツにおけるがごとく連合国の分割的直接管理ではなく、統一的間接管理が原則となっている。日本の管理は連合各国によって地域を分割して個別的な管理が行われているのではなく、連合国の代表者である最高司令官によって日本全土にわたる統一的管理が行われている。また、原則としては、連合国の指令のもとに、日本が自ら現実の統治を行い、連合国は日本に對して指令を発する間接管理が行われている。そして、日本が自ら現実の統治を行うには、国の最高法規である日本国憲法の條規に從い、立法權、司法權及び行政權を行使する。(ただし、後述のごとく憲法の領域外において現存の国内機構を利用してなされる間接管理の方式も別に存する)。これはいずれも憲法の領域内の行動であるから、憲法を遵守し尊重すべきことは言うをまたない。同時にこの領域において、司法權の獨立は絶對であると言わなければならぬ。

以上は憲法の領域内のことであるが、連合国最高司令官は、降伏條項を実施するため適當と認める措置をとる權限を有し、この限りにおいて天皇と日本政府はその權力の下におかれている(降伏文書末項)。それ故、連合国最高司令官は、憲法にかかわりなく憲法の領域外において自由に立法、司法及び行政を行うことを得るわけである。例えば極東国際軍事裁判所條例及び一般命令第一號の制定のごときはかかる立法の部類に屬し、例えば極東国際軍事裁判所及び連合国軍事占領裁判所による各種裁判のごときはかかる司法の部類に屬し、例えば日本政府に對する諸種の指令、要求、勸告及び承認のごときはかかる行政の部類に屬する。また、最高司令官は、直接一切の日本の人民、一切の官廳の職員に對し、要求、布告、命令、指令を発することがあり得る(降伏文書三項、五項)。さらに、現実に連合国が自ら直接に、一切の日本人民及び一切の官廳の職員に對し、連合国最高司令官又は他の連合軍官憲の発する指示に誠実迅速に服從すべき旨を命令している。(一般命令第一號一二項)。これらはいわゆる直接管理に關する事柄であるが、実際において日本政府をさし措いて直接日本の人民又は官廳の職員に對し指示の発せられる事例は甚だすくないようである。

そこで、一般論はこの程度に止めて、本件の追放令について考察をしてみたい。ポツダム宣言第六項は「われらは、無責任なる軍国主義が世界より驅逐せらるるに至るまでは、平和、安全及び正義の新秩序が生じ得ざることを主張するものなるをもって、日本国民を欺瞞し世界征服の擧に出ずるの過誤を犯さしめたる者の權力及び勢力は、永久に除去せられざるべからず」とうたっている。そして、ポツダム宣言の右條項を実行するため日本政府に對し追放の措置を命令したのが、連合軍総司令部発日本政府宛昭和二一年一月四日附覺書(公務從事に適せざる者の公職よりの除去に關する件)(以下覺書という)で、この覺書の内容を国内法化したのが、昭和二二年勅令第一号(公職に関する就職禁止、退職等に関する勅令((以下追放令という)である。かように公職追放は、無條件に受諾されたポツダム宣言そのものに掲げられているところであり、ポツダム宣言は降伏文書の中に取りいれられている。かくて、軍国主義者その他好ましから人物を公職から追放することは、いわば精神的な非軍国化施策であり、武装解除、軍事施設撤廢による物質的な非軍国化施策と共に、鳥の両翼のごとく車の両輪のごとく、連合国最高司令部の占領統治としては、最も重要な日本民主化の基本政策であろうことは疑うべき餘地もないところである。これによって、前記覺書は発せられ、ついで追放令は公布せられた。この覺書を履行するための機構として、中央に中央公職適否審査委員會が設けられ、その報告に基いて内閣総理大臣が「覚書に掲げる條項に該当する者としての指定」(追放令三條一項)又は「覚書に掲げる條項に該当する者でない旨の確認」(追放令施行令八條一項)をすることになっている。前述のごとく追放は、連合国最高司令官の重要な占領政策として、その承認の下に特殊の機關を設け特定の手續を經て、内閣総理大臣が最高司令部と緊密な連絡の下に実施されることが、事物の性質上要請されている。これによって、追放制度全體としての安定と調和と統一性が保たれ得るわけである(わたくしの起草した富山縣知事當選訴訟事件昭和二三年(オ)九號、同年九月二四日大法廷判決、判例集二巻一〇號二五二頁以下参照。)もとより追放令は勅令であり国内法であり、内閣総理大臣は憲法上において定められている機關であり官廳である。しかしながら、ここで内閣総理大臣が追放に關して覺書該當指定又は非該當確認をするのは、上述の憲法の領域内において憲法上の行政行爲をするのではない。憲法上では行政權は、内閣に屬する。内閣総理大臣は、内閣の首長ではあるが、内閣の一構成員であって、内閣自體ではない(憲法六五條・六六條)。もし、追放に關する決定が憲法上の行政行爲であるとするならば、閣議を經なければならぬ筈である。最高司令官は、上述した憲法の領域外の行政行爲として追放措置を実施するについても、自ら直接にその衝に當らず、間接管理の基法的方式に從って内閣総理大臣をして追放指定をなさしめる制度を設けしめたものである。ただその間接管理は、追放という重要な占領政策の性質に鑑み、通常の場合と異り憲法の領域内における憲法上の行政行爲として行われる方式によったものでなく、憲法の領域外における最高司令官の行政行爲に直結する機關として内閣総理大臣という現存の国内機構を利用し(降伏後に於ける米国の初期の對日方針第二部b日本政府との關係参照)、憲法の領域外における行政行爲(性質上)を行わしめる方式によったものである。かかる間接管理の方式は、例外には屬するが、他にも現実に存在してゐるのである。例えば、日本の檢察官を利用し、国内法を適用して、軍事占領裁判所における憲法の領域外における檢察事務を行わしめているがごとき適例がある。この場合国内法を適用するが、その行爲は憲法の領域外にあることは明らかである。されば、内閣総理大臣は、追放指定等については国内法たる追放令に從って行爲するのであるがそれは法律上憲法の領域外における行爲であって、その行爲の法律上の適否、裁量上の當否等については、上級の最高司令官に對してのみ直接の責任を負うべきものである。從って、憲法上の行政行爲として国會に對して責任を負うべき筋合のものではない(憲法六六條三項)。それ故、内閣総理大臣が追放指定等をなすに當っては閣議を經ることを要しないし、また現に実際において閣議にかけていない取扱い方はまことに正當であると言わねばならぬ。以上述べるところは、地方長官が地方公職適否審査委員會の審査の結果に基いて、地方公職について追放指定を行う場合においても、その性質、關係は全く同様である。すなわち、この場合に地方長官は、地方公共團體の長又は国家機關として憲法の領域において行政行爲を行うものではなく、最高司令官に直結してその下部機構として憲法の領域外における行政行爲(性質上)を行うものである。從って、内閣総理大臣等がなした追放指定等に關する行爲の効力に對しては、厳正に憲法の領域において活動する裁判所が裁判權を有し得ないことは當然であると論結しなければならぬ。

そこで、話は平野事件に入る。昭和二三年二月二日東京地方裁判所民事第一四部は、平野力三の假處分申請に基き、片山内閣総理大臣がした追放指定の効力を、右指定無効確認等の本案判決確定にいたるまでその発生を停止する旨の假處分決定をした。これに對し、同月四日時の政府は聲明書を発して、憲法上行政權は内閣に賦與されているのに、裁判所が假處分的手續によって、総理大臣及内閣自らの行政權の行使を制約し又は麻痺せしむる」ものだと言ったり、また「行政權さん奪である」と言っている點は、全く見當違の誤まった憲法論以外の何ものでもない。すでに詳しく語ったように、追放指定は、憲法上総理大臣の行政權の行使でもなく、また内閣の行政權の行使でもない。それは、もともと憲法の領域外における行爲であるから、憲法上「行政權さん奪」なぞと呼ばわる事態は、どこにも金輪際おこり得よう筈がないのである。それはそれとして、同四日「総司令部連合国最高司令官政治部」は最高裁判所長官に對し、(一)好ましからざる人物を公職より罷免することは、一九四六年一月四日附最高司令官の指令により要求されていること、(二)その指令を履行するための機構及び手續は、最高司令官の承認を得て設けられたこと、(三)内閣総理大臣は、その指令に從い行った一切の行爲について、最高司令官に對して直接に責任を負うていること、(四)最高司令官は、これらに關する事項を一般的に政府側の措置に任してはいるが、それに關する手續のいかなる段階においても、これに介入する固有の權限を留保していること、(五)その結果として、日本の裁判所は、前述の指令の履行に關する罷免又は排除の手續については裁判管轄權を有しないことを指摘した(ボインテッド・アウト)。これは、すなわち追放指定の効力に對し日本裁判所に裁判權なき旨の追放令の解釋を指示したものである。そして、これはわたくしが訴願委員會委員當時から抱いていた前述の見解と全く合致する。それはともかく。ここでさらに注意すべき大切な一事がある。それは、一九四五年九月三日連合国最高司令官指令第二號第四項において、「連合国最高司令官の權限により発せられる一切の布告、命令及び指示の正文は、英語による。日本語の飜譯文も発せられ、何らかの差異が生ずる場合においては、英語の本文によるべきものとする。発せられた何らかの指示の意義に關し、疑義が生ずるときは、その発令官憲の解釋をもって最終的(ファイナル)のものとする」と指示されていることである。それ故に、前起覺書及び追放令の意義は、発令官憲である総司令部政治部の前記解釋が、最終的な權威を有し確固不動のものである。

そこで、同日最高裁判所は、平野事件の前記假處分決定を「裁判權のないものの裁判として無効と認める」旨の長官談話を発表した。右假處分決定に對して假申請人たる片山内閣総理大臣は、「法的効力を缺如するものとして」聲明書を発表しただけで、異議の申立をしようとはしなかった。また最高裁判所は、憲法の領域においてあくまで司法權の獨立を尊重する建前を堅持して、敢て下級裁判所に對して右決定の取消を命令したり、指示したり勸告したりするような干渉がましい一切の行動は厳に戒め愼しみて絶對にとらなかった。越えて翌二月五日、最高司令官から、東京地方裁判所は前記假處分決定を即時取消すべき旨の指令があり(降伏文書第三項、第五項、一般命令第一號第一二項)、同裁判所は直ちにこれを取消し、かくて一世の視聽を集めた平野事件はここに終局をつげるに至った。そして、この事件の進展する過程において、追放指定の効力に關する解釋は、有權的に確立されたことを銘記すべきである。(最後に、この意見を起草するには文字どおり殆んで一夜作りの時間しかなかったことをくれぐれも遺憾とし、特に附記しておく。)

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 井上 登 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介)

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